大切な人をなくした人へ。 喪失を抱きしめて生きる。

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大切な人を亡くした人へ

私は、実際に自分の愛する人を亡くすまで、本当の死別の悲しみというものを分かっていませんでした。
年末に喪中はがきが届いた時、「ご家族が亡くなって大変だ、お気の毒に。。。」と相手に想いを馳せることはあっても、その葉書の奥にある本当の苦しさや悲しみにまでは心がいきませんでした。
新聞のお悔やみ欄にある一つ一つに、どれほどの悲しみが溢れていたかを、自分自身が経験するまで気がつきませんでした。

私は自分の身近な家族を失って初めて、死別の悲しみ苦しみを味わいました。
愛する人を失うという経験は、どれひとつと同じものはありません。
故人との関わりの度合いや、故人または自分自身の人生のどんな時期にそれが訪れたのか、その時の状況、それが突然だったのか少しでも準備が出来ていたのか、色々な要素により死別の悲しみや、小さな希望を見出すまでの時間などが異なります。
また、どんなに心の準備が出来ていたとしても、やはり苦しみは避けて通ることは出来ません。
「死」についての話をすると「縁起が悪い」と忌み嫌われ、死について語ることはタブー視されている今の世の中。
「実際にその時が来るまで死別のことなど知りたくない、その時に対応すればいい」と、ほとんどの方がそう思われているのではないでしょうか。
確かにその通りですし、それが一般的に浸透している考えなのかもしれません。

大切な人を失ったあとに私たちができることで大事なことの一つは、悲しみのプロセスについて知るということです。
死別の悲しみについて、私はあまりにも知らなすぎました。
学校で勉強するわけでもないですし、縁起が悪いと言われているものをあえて知ろうという考えもありませんでした。
だからいざそれに直面した時、全く準備ができていなかったのです。
死別の悲しみや、その過程の中でどんなことが起こるのかを少しでも知っておけば、自分自身に起こることも受け入れやすいですし、心の整理もつきやすいのではないかと思います。

悲しみを癒すプロセスは、まっすぐな道をどんどん進んでいくようなわけにはいきません。
喪失の最初の頃は、道さえ見えないのではないかと思います。
深い悲しみの淵から少しはい出せたと思ったのも束の間、また悲しみの中にどっぷり浸かってしまうこともあります。
少し前に進んでは、またあと戻り。
「この苦しい時期がいったいいつまで続くのだろう。。。」
先の見えない辛さに、そんなことを考えてしまいます。
悲しみのプロセスの続く期間は、人それぞれです。
けれど、この同じ状況が永遠に続くものではないということを信じてください。
今日一日をなんとか過ごせば、残された苦しい日が一日へる、そう信じて今日を過ごしてください。

グリーフとは

グリーフとは、大切な人、ものを失うことにより生じるその人なりの状態、反応、プロセスのことをいいます。
グリーフのことを「悲嘆」という言葉で言い表したりしますが、大切な人やものを失うことによって生じるのは、悲しみや苦しみだけではありません。

後悔や怒り、時には安堵の気持ちも生まれたり、何も感じなくなるということが起きたりします。
イライラや不安感、罪悪感や自分を責める気持ち、焦燥感や絶望など、人によって様々な心理的影響が起こります。
心理的影響だけでなく、身体的影響(眠れない、食べられない、食べ過ぎる、胃痛や頭痛、だるいなど)や社会的影響(学校、会社に行けなくなる、生活の困窮、人間関係の歪み、過活動など)スピリチュアル的影響(神様や仏様に怒りを感じる、生きる意味をなくす、自分の価値が分からない、「何故」という問いが止まないなど)その影響は多岐にわたって表れます。

「こんなふうに感じる自分はおかしいのではないか」などと思うこともあるかもしれません。
でも、大切な人を失ったときに起こる感情や反応は、どんなものでも自然なことです。
誰かが「おかしいよ」と言ったとしても、それは世間一般的なものを標準にして言っているのかもしれません。
また、あなたのためを思ってのことなのかもしれません。
けれど、あなたはあなたの感じるままに感じていいのです。
湧き出る感情にふたをせず、ありのままに感じその感情を抱きしめてください。

 

グリーフで起こる反応

大切な人をなくした時、心や身体などに様々な反応が表れます。
ここでは7つに分けてみましたが、これがすべてではありません。
また、この順序通りにグリーフが進むわけではなく、この道を通ればグリーフがなくなるということでもありません。
この中にある色々な状態を行ったり来たりしながら、少しずつ状態が変化していく感じです。
ずいぶん進んだなと思ったら、また最初の頃の感情に引き戻されたり。
グリーフというグラデーションの中を、行ったり来たりしてゆく感じです。

グリーフは乗り越えるものでも、なくなるものでもありません。
なくなった人との関係を結び直し、新たなアイデンティティを持った自分でグリーフを抱きながら歩いていく。
私たちは、なくなった人との繋がりを感じ直すことができます。
そして、そこから新たに結び直すこともできます。
死は、終わりではありません。
死から始まる物語を新しく紡いでいくのです。
そのプロセスの中で色々な感情や身体の変化などが起こります。
どれもその人なりの自然なものですので、否定したり、なかったものにしたりしないで、ありのままに受け止めてください。
悲しみも苦しみも、ずっと同じではありません。
目に見えるような変化はないかもしれませんが、少しずつ変わっていっていることを信じてください。
いつの日か、故人にたいしてやさしい気持ちで向き合える日がやってくることを信じてください。

1 混乱

一体何が起きたのか、いろいろな事や考えが頭の中で入り乱れ、訳がわからなくなる状態です。
目の前に起きた現実を受け止めることができず、冷静な判断ができなくなります。
「しっかりしなくては」「心配かけてはいけない」など、混乱と苦痛の中にいるにも関わらず、精一杯気丈にふるまっているかもしれません。
けれど、起こったことの事実を、この時期にしっかり受け止めることは困難です。

誰もがいつかは大切な人との別れで、苦しい思いをすることがあるのです。
だから今、あなたが苦しいのなら、誰かに「助けて」と声をあげてもいいのです。
人は、支えられ、支えて、おたがいさまで生きているのです。
また、故人を生きているように語ることがあっても、それは当然の反応です。
悲しい時は、我慢しなくていいのです。
大声をあげて泣いていいのです。
自分自身の心の声に正直に反応していいのです。

 

2 否認

あまりにもショックなことが起こると、事実を認めない、受け入れないという状態になります。
相手の言葉を「もうやめて」とさえぎったり、「そんなこと考えたくない」と思考を停止しようとします。
「嘘であってほしい」「何かの間違いだ」と思うことで、自分自身を保とうとしているのです。
これは、苦痛をさけるための防衛反応のひとつです。
故人の幻覚を見やすいのもこの時期のひとつの特徴です。

事実を受けとめたくないという自分の気持ちを否定しなくていいのです。
死を直視しないということもまた自由です。
考えたくなったら、思い出したくなったら、そうすればいいのです。
気持ちは、ずっと同じところに留まっているわけではありませんし、亡くなった人はそんなあなたを決して責めたりはしませんから。

 

3 怒り

怒りは、自分の思いが妨げられた時に起きる感情です。
目の前に起きた現実が否定できないことが分かると、それが不条理にしか捉えられず、感情が怒りという形で現れます。
やり場のない感情が、身近にいる周囲の人たちや、自分に痛みを与えたと思う相手に向けられるのです。
全く無関係な人に対してや神や運命に対しても、また亡くなった本人に向けられることもあります。
これらは、必ずしも本心ではない場合がほとんどです。
そして、怒りが自分自身に向けられる場合があります。
自分の過去の行いを悔いたり責めたりし、怒りを自分自身に向けてしまうのです。
「あの時こうすればよかった」「違うやり方があったのではないか」など、間違ったかもしれないという思いがひとつでもあれば、罪悪感は生まれます。

怒りの感情は当たり前に生まれる感情であり、そういう感情を持つことに罪悪感を持たなくていいのです。
また、自分自身に対する後悔や怒りが生まれた時、「あの時はあれが自分の精一杯だったんだ」「どうにもできないこともあるんだ」と自分自身を認めてあげていいのです。
その時々で、あなたは今できることを一生懸命やってきました。
「やらなかった」ということも、その時の精一杯の選択だったのです。
自分の中の精一杯をやってきた、その自分自身を許し抱きしめてあげてください。
後悔や怒りとは反対の行為や感情があったことにも気づいてください。
後悔や自分を責める行為は、あなたがそれだけその人を愛していたという証です。

 

4 抑うつ

大切な人の死という現実を突きつけられ、何をどうしていいのか分からず、落ち込んで何に対しても無関心でやる気が起こりません。
葬儀などが一段落し、訪ねる人も少なくなり周囲が落ち着いてくると、底知れない寂しさや虚しさがおそってきて、引きこもりがちになります。
すべてのことが無意味に感じられどうでもよくなり、自分すら否定したくなる状態におちいります。
これは特別なことでなく自然な反応で、ほとんどの人が経験する悲嘆のプロセスです。

大切な人を失うという現実を受け入れるのは、簡単なことではありません。
心と身体の回復のためには、騒音の入らない静かな場所が必要です。
自分の手足を失ったような経験をしたのです。
ものすごくしんどい時ですが、ずっと同じ苦しみは続きません。
今日一日生きれば、苦しむ日が一日減っていくと思ってみてください。

 

5 諦観

「あきらめる」という言葉の意味合いには「明らかにする」というものが含まれています。
つらい、忘れたい、考えたくないなど様々な思いが消えるわけではありませんが、大切な人を失った現実が不可逆と知らされ、自分の置かれた状況を「明らか」に見つめて受け入れ始めます。
決して心が救われたとは言えませんが、死を事実として受け入れ始めるタイミングの時で、少しずつ現実的なことに考えが及ぶようになってきます。
これは大きな変化の兆しでもあります。
少しずつでも自身の健康にも目を向け始めるようになり、食べ物を選んだり、身体を動かしたりし始めるなど大切な時期でもあります。

現実に目を向けた時、ひとりではどうしていいのか分からないことや、どうにもならないことが立ちはだかったなら、一人で抱え込まなくていいのです。
どうか、どなたかに相談してみてください。
身近な人に相談しかねる時は、地域や行政などを頼ることもひとつの考えです。
行動の結果、間違ったと感じたり、うまくいかなかったと感じたとしても、自ら考え動いたことに大きな意味があります。
また、ホッとすることに罪悪感を持たないでください。
ホッとすることと愛情は関係ありません。
ホッとしていいのです。

 

6 転換

起きた現実や自分のおかれた状況を、少しづつ認めていくという段階です。
嘘であってほしい、信じたくない、そんな思いもある一方で、事実を受け入れてこれからのことに目を向けていかなくては、という思いが出てくる頃です。
哀しみを感じながらも、その哀しみを軽減させようとする作業を始める段階です。
故人との対話をしてみたり、故人や周囲の人との和解をはかったり、過去に対して悔やむだけでなく、何らかの形で働きかけたり。
きっかけはそれぞれですが、深く長かった哀しみに、小さな光が見えてきそうな気配が感じられる状態です。
新たな自分のアイデンティティが見えてくることもあります。
新たなアイデンティティにより、故人との思い出がどこかへ行ってしまうような感覚になるかもしれません。
でも、そんなことはありません。
生き方や生活が変わったたとしても、思い出はそのままです。
思い出は、故人の人生で大切な意味のあるものだからです。
大切なメッセージがたくさん散りばめられていて、そこから何かを感じることでしょう。
人生で大切なことを教えてくれた愛する人の思い出を語り続けること、また心に感じることは、あなたがこれからを生きる上での心の支えになることでしょう。

 

7 再生

再生は、哀しみと少しづつ折り合いをつける中で、自立に向かい歩いていく段階です。
この段階では、故人の生前の在り方や生き方などから何らかのメッセージを受け取ったり、故人が伝えたかったことを引き継ごうという気持ちが芽生えたりすることがあります。
そうした中で、故人の人生の意味、それが自分にとってはどんな意味があるのかなどをひも解いてゆき、故人との関係をあらためて結び直していける段階でもあります。
そのことがきっかけで自分の役割に気付き、その後の生き方が変わったりすることもあります。
自分の身近な人や社会に対しての貢献に目が向くようになったり、大きな何かに(故人、森羅万象、使命、関わりのある人たちなど)守られている、生かされている、また繋がっているなどの感覚を持ったりと、様々な気付きにであったりします。
思い出して哀しみに暮れることもありますが、それだけでなく、その思い出を懐かしく思ったり、楽しかった時を、一緒に過ごした時を振り返ったとき、哀しみの気持ちの中に温かさを感じることがあます。
苦しく辛く絶望的な涙でなく、哀しい中にも懐かしさや優しさをたたえた温かい涙です。

再生に向けて、あなた自身が自分らしく生きるとは、どういうことなのでしょうか。
大切な人は、あなたに何を語りかけているのでしょうか。
大切な人を胸に抱き生きていくとは、どういうことなのでしょうか。
新しいアイデンティティをもったことを心に留め、必要でないものは上手に手放しながら、これからの自分のために新しいものともふれあう勇気を持つことも大切になります。
そうしていくことで、故人との新たな関係を心に抱いて歩いていくことができるようになってきます。

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